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 4月30日から5月2日にかけて、東日本大震災で甚大な被害を受けた気仙沼市を視察しました。街中はテレビで見る様子ですが、360度瓦礫だらけの風景に言葉を失います。今回の目的は、昨年の会宝産業の感謝の集いで講演して頂いた畠山重篤さんを支援し、気仙沼の海を復活させるための会議に参加することでした。畠山さんは、気仙沼の牡蠣やホタテの養殖漁師であると共に、京都大学大学院の教授も務めておられます。この緊急会議は、京都の国際日本文化研究センターの安田喜憲先生の呼びかけで、全国から50名ほどが集まりました。

 畠山さんは20年数前、広葉樹の森から川によって運ばれるフルボサン鉄(酸化第二鉄)が海の豊かさを創っていることを知って、それ以来「海は森の恋人」運動をしています。今年は止めようかと考えていたが、皆さんの支援もあり、6月に23回目を行う予定です。

 畠山さんの仕事場は、気仙沼湾の最も奥の唐桑地区というところにあります。ここにあった水産加工場、養殖いかだ、畠山さんの長年の研究成果が詰まったセンターなどすべてが跡形も無くなくなりました。大変貴重な財産を失った訳です。家は25mの高台にありますが、津波は22mに達しました。この高さの木に漁具や浮きが引っかかっています。

 大津波警報が出たとき、チリ地震津波を想定したそうですが、その後海の底が見える程の急速な引き潮で、これはただ事では無いと孫を連れて必死に逃げたそうです。犬は真っ先に逃げ、家族全員無事でした。海が盛り上がって20mの壁を造って押し寄せてくる。想像を絶する凄さです。畠山さんですら、「今回のは大きすぎた。」と言いました。

 ただし、市内の施設に入居しておられたお母様が、津波で流されお亡くなりになりました。「可愛そうなことをした。」と悔やんでおられました。ここで奇跡が起こりました。漁に出ていた次男の畠山真さんが沖に流され船が転覆したのだが、島にたどり着き助かったのです。全く奇跡ですが、真さんいわく「漁師の本能で波に逆らわずに、乗った。」とのことです。今回の津波については、普段海を見ている人は助かっている人が多いが、海から離れたところの人が多く被害にあっているとのことです。やはり、海を知っているか知らないかで被害が分かれたようです。

 畠山さんは会議の報告の中で「こんなことになっても海は全く恨んでいない。海は強いので必ず復活する。」と述べました。また「息子や孫たちは大津波を知って、漁師としてやっていける良い勉強をした」と感想を語りました。「人間にとって、あらゆる経験は無駄ではない」との教訓を噛み締めました。